うつ病と休職復帰、他の働き方を模索すること

byouin私もそうですが会社に行けなくなってしまいました。うつ病の症状のでかかりというのはとても辛いです。

体が言う事を聞かないのです。頭では会社にいかなきゃ、仕事しなきゃ、とわかっているのです。以前はヨシ!と言って立ち上がって家を出て出勤していました。けれども家を出てから駅に行くまでの足取りが重い、満員電車を想像したら1時間もの通勤に耐えられる気がしません。電車に乗ってる間にお腹を壊し、吐き気をもよおし、他の人達に迷惑をかける事になりかねません。

それぐらい普段から頭痛と腹痛が続いていて起き上がる事ができなかったのです。頭はクリアなんです。よく寝れてますし、体調不良以外は特に問題がなかったのです。心療内科に通えばそういう薬を出されるだけです。すなわち抗うつ剤になるわけですが、これをネットで調べると飲み始めると良くない、といった声も見られますし、この薬に頼っては駄目だと思ってしまう自分がいるので治療がますますすすまないのです。

会社からはサービス残業を共用され、仕事は増えるけど給料は増えない。職場環境も窓すらない閉じ込められた部屋でのお仕事だったのでより体調不良に拍車がかかりました。そしてついには会社に行けなくなってしまったのです。この時考えられる選択肢は2つでした。それが休職からの復帰。休職して体を半年ほど休めてから復帰することです。復帰時にはもっと楽な部門(総務とか経理とか)の事務職として復帰することができますので、それは楽だろうと思います。

今思えば、会社の総務に居た人も昔はうつ病で駄目になっちゃった人たちなんだろうと思います。この人達は会社に適合しなかったのか、仮病を使ってうつ病になって楽な道を選んだのか、今ではそう思います。

もう1つの選択肢それは会社を辞めて休む事に専念することです。これは収入がなくなってしまうので、その間は働かないといけません。最近見つけた在宅で働く方法も紹介しておきますので、詳細は仕事を辞めて「在宅仕事」「自宅仕事」で稼ぐ方法をいくつかご提案のページが参考になります。

私も会社を辞めて自宅で働きながら療養する道を選びました。

パワハラ上司のせいでうつ病に、転職したことが正解

2010年の秋、私は正社員になろうと思い、正社員から、どんなにいいように利用されてこき使われようと、歯を食いしばって頑張った派遣先のプラスチック成形の工場を、結局雇い止めされてしまいました。

今まで慣れていたプラスチック成形の工場で働くことは考えたものの、正社員採用は難しいと思い、とりあえず次も派遣社員として別の成形工場を見つけて働き始めました。

作業内容としては基本的には、成形機に金型を取り付けて、必要な配管を取り付けて成形し、決められた良品が確保できたら、その金型を下ろして次の金型を載せて成形を行うという繰り返しで、一般の成形工場と一緒でした。

しかし、1日に取り付ける金型の数が半端ない量で、とても決められた時間にスケジュールをこなすことが無理な内容でした。

また、私がいた工場では、かなり無茶な作業も強いられました。

通常成形金型は、装備されている押し出しピンを突き出して、自動的に製品を落とす機能がついており、頻繁に金型の中に手を突っ込むことはないのですが、その工場では、試作品の成形でしかも短納期とあって、無茶な金型の設計が日常的に行われていました。

ちょっとでも手順を間違えると壊れてしまう金型や、毎回、大変熱い金型に無理矢理手を突っ込んで製品を傷つけぬように取り出す作業など、私にとって非常に難易度の高い作業でした。

私がやるとほとんど仕事にならないため、いつも一緒に作業をしている正社員からいろいろと嫌みばかり言われ続け、精神的に参りはじめました。

また社内全体の雰囲気が悪く、性格も悪い人間ばかりで、例えば私が他に別の大事な用があって他の部署に来ているにもかかわらず、私がそこを通りがかっただけでやたらと他の用件を言いつけて、こっちを混乱させるのを楽しむ上長がいました。

あと、直接私は被害には遭いませんでしたが、パワハラ好きな上司がいて、新人をいじめては辞めさせるのが生き甲斐な輩もいて、同期で正社員として採用された若い方が、さんざんその上司にいじめられた挙句、辞めてしまいました。

それでも私は成形のキャリアを積み続けようと頑張るつもりでしたが、2011年3月の東日本大震災の影響で、工場もまともに稼働できなくなり、仕事も薄くなってくるうちに、この工場で仕事をするのも嫌気が差し、そのうちうつ病も発症して、2011年3月いっぱいで辞めてしまいました。

飛び込み営業の仕事でメンタル崩壊、最終的には休職して退職

前職での営業経験ですが、大手キャリアの光ファイバーを個人宅向けに飛び込み営業で販売する代理店に営業として勤めていました。飛び込み営業といっても2種類あり、一戸一戸個人宅(マンションや一軒家)を訪問して販売するいわゆる訪問販売の形態と、マンションのエントランスやスーパー等商業施設の敷地内におけるイベント販売(通りがかりのお客様に声をかけて誘導する)の形態があります。

平日は訪問販売、土日はイベント販売をメインに行っていました。長年従事しても営業力がそれほどつくものではありませんが、根性はかなり鍛えられます。何件インターフォンをピンポンしても断られる、ひどい時は怒鳴りつけられて追いかけられる、警察に通報される、等を経験し、新人当初はマンションの非常階段で膝を抱えてシクシク泣いていたものです。この仕事のせいでメンタルが壊れてうつ病になって休職する人もいますけど。

お客様の抱える問題を解決し、喜んでいただいた時には本当にうれしいものですし、契約をたくさん頂いて実績を残すとチーム運営を任してもらえるようになるのでマネジメント経験を積むことができます。また、大手キャリア数社の光ファイバーを扱っていましたが、どこの会社にも「今月はこのエリアを回ってね」というリストを渡されるので、そのエリアを一か月間回り続けます。一日中外回りですので夏は焼け付くように暑く、冬は凍えるほど寒いので体力勝負という点もあり、訪問販売という形態を経験するなら若いうちだと思います。

また、私が勤務していた代理店ではみなし残業制&何本契約を獲得してもインセンティブはもらえない会社だったので稼ぐことは全くできませんでした。それが理由で会社を辞める決断となったわけです。他社代理店では1本契約あたり2万円のインセンティブがつく会社もあり、トップ営業マンだと月収300万くらいもらっているという話を聞いたことがあります。ただそれは2-3年間の話、モバイルwi-fiやスマートフォンの台頭により市場の伸びは鈍化していることなどからどこの代理店も営業規模の縮小を行っていますが…。

人材ビジネスも営業の仕事はキツイ、転職先は豊富にある

人材派遣会社にて、3年半ほど営業をしておりました。業務内容としては、ルート営業6割、新規営業4割でした。人材派遣会社のルート営業は、既に契約し派遣を行っている企業へ派遣スタッフの更新を行ったり、スタッフの増員などの営業をかける業務が多く、スタッフが契約期間を更新していけば、そのまま売上も継続するという仕組みでした。

新人の頃は、担当する派遣スタッフも数人ですが、年次が上がってくると、担当企業も担当スタッフもかなり増え、その分自分が持つ売上げも増えていくことになります。新規営業は、その名のとおり新規飛び込み営業です。企業へテレアポや、時にはアポ無しで飛び込み、人手不足は無いか、派遣を使わないかという売込みを行います。この仕事がキツイ。精神的に参って心療内科に通う社員もいました。

私の勤めていた企業では、週に1~2日、新規営業日が設定されており、朝から名刺を持って何十社も回っていました。100社回ったとしたら、1割の10社で話を聞いてもらえればよいほうで、さらにその中で1件成約を取れればいいほうといった感じでした。人材サービスの営業の難しさは、形の無いものを売る、というところです。人を派遣して、そのサービス料として売りを上げるので、目に見えるモノや成果がない為、受注・成約して終わりではなく、成約後も派遣スタッフが就業を続けてくれなければ一切売上げにはなりません。

また、人を商材としているため、コミュニケーションやヒアリングを十分に行わないとトラブルに発展する可能性が非常に大きく、その時々の人に合った対応をする必要があり、それが難しく感じる部分でした。派遣社員との間でトラブルになったりして辞めていく社員もいましたし。転職の道は開けていて他の営業の仕事に移る事は可能ですね。しかし、一方でそれがやりがいでもありました。派遣スタッフさんや、企業の人事の方から、仕事を紹介してくれてありがとう・いいスタッフさんを紹介してくれてありがとうという言葉をきくと人の為になる仕事をすることができたと実感することができました。

不動産営業マンはうつ病か高年収の2極化、上手に立ち回るコツとは

住宅メーカーの営業職です。営業店に詰めますが、週2~3日は展示場勤務、その他の日は基本的に外回りです。

仕事は、見込客を探客し契約を取ること。展示場で接客した顧客へ営業するほか、分譲地や不動産情報を元に土地なし客への提案を行ったり、時には飛び込みで建替需要の高いエリアに訪問活動をしたりします。また、すでに入居いただいた顧客や不動産会社などからの紹介によって、受注する場合もあります。

新人の時はとにかく接客や営業になれるため、飛び込みや展示場で鍛えますが、数年経つと管理顧客の数も増え、定期訪問や提案活動で受注を上げるようになっていきます。ベテランになれば紹介営業での受注が多くなり、そのぶんノルマも多くなります。キャリアとしては、営業担当から、営業課のリーダー職として部下を育てる立場になったり、営業一筋で販売担当として一本立ちするケースもあります。また、営業推進部門へ配属され、販促やマーケティングに関連し、キャンペーン等の企画立案などに携わる場合もあります。

仕事はハードでなかなか大変ですのでうつ病になる新入社員も多かったです。個人を相手に一生で一番の買い物に付き合うという醍醐味もあります。特に、担当としてお客様の信頼を得られなければなかなか購入していただけないので、難しい分とてもやりがいのある仕事だと思います。買っていただけた場合の嬉しさは他にはなかなか味わうことができない大きなものがあります。

住宅は、木造や鉄骨などの構造・工法によって、また、意匠性や家族構成、価格帯によってたくさんのメーカーが存在し、特に展示場で取得した顧客などは、多くの会社で競合します。時にはマンションなどとも競合することもあります。いかに商品を気に入っていただけるかだけでなく、購入資金計画や間取りのプランニングがマッチすること、そして何よりも担当者や企業への信頼感がものをいいます。

自動車や保険などと比べ、顧客が人生をかけて買ってくれる商品を販売する、まさに営業の中の営業といえる分野ではないかと思います。

体質と職場が合わない場合も、素直に退職した選択がよかった

私は数年前、調剤事務の仕事をしておりました。

仕事内容は処方箋を持って来られる方の受付などの接客から、書類作成や整理、電話対応などの事務作業、そして薬剤師さんのフォローなど。

端から見ると穏やかなイメージがありますし私も最初はそう思っていましたが、パソコンの前に張り付き処方箋をひたすら入力し続けて1日終わるなんて事が大半でした。

私は黙々と作業するのが苦ではなかったので、仕事自体は楽しんでいました。

ですが、大変だったのはやはり寒い季節になると風邪やインフルエンザなど色々な症状の方が1日にたくさん来られますし、皆様が必ずマスクを着けているかと言うとそうではありません。

もちろんまだマスクを着けられない赤ちゃんなども来られるので、冬場になると徹底的に出来る限りの対策をしていても免疫力の弱い私は必ず風邪やインフルエンザなど感染してしまっていました。

やはり調剤薬局ですので、スタッフが体調を崩していては患者さんにもうつしてしまう可能性があるので休みを頂いていましたが、やはり迷惑をかけているなと自覚はありましたし肩身が狭くなり、うつ病になって退職する事にしました。

仕方のない事だから辞めなくてもいいよと言って頂きましたが、元々の体質だったのでこれからも迷惑かけてしまうだろうなと分かっていたので。

ですが退職して転職し、別の職種に就いてからは当時ほどは体調を崩さなくなりましたので、辞めて良かったなと思えるようになりました。